私は天使なんかじゃない








決戦スチールヤード






  有利に立つ者が最後に勝つとは限らない。
  展開は二転三転する。

  最終的な勝者は誰?






  偽ワーナー改めジャンダース・プランケット撃破。
  今回の騒動の元凶はパラダイス・フォールズの奴隷商人達。その目的はピットの奪取だった。
  その為にレギュレーターに追われていたジャンダース・プランケットを偽ワーナーに仕立て上げてピットの街を混乱させた。私を拉致してこの街に送り込んだ
  のはおそらくアッシャーの側を混乱させるのに利用したかったのだろう。
  その魂胆、実に甘い。
  私は連中の思い通りにならなかった。
  スチールヤードでの決戦は奴隷商人達の目論み通りの流れなのか、それともまったく別の流れなのか。
  それでも。
  それでも結末は紡がなければならない。
  さあ終わらせようっ!
  


  カンカンカンっ!
  屋外階段を上りきる。私は屋上に出た。
  突風が吹く。
  さぶっ!
  結構高いな、ここ。
  ジャンダース・プランケットを倒した私は決着を付けるべく単身屋上にやって来た。
  私の武器は44マグナムとインフィルトレイター。弾丸はふんだんにあるけど44マグナムはジャンダース・プランケットとの戦いで一丁紛失した。
  ある意味で戦力ダウンだ。
  「あんた馬鹿でしょ」
  「さあ?」
  銀髪の女が嘲るように笑った。
  名前はクローバー。
  パラダイス・フォールズのボスの愛人らしい。爆弾首輪付けてるから奴隷なんだろうけど……ボスの愛人だからか、仕切る立場にいるらしい。
  少なくともこの場では手下を仕切ってる。
  もう1人の愛人クリムゾンは剣を片手に突っ立ってる。
  愛人2人は剣使い。
  それも結構な腕前だと私は思う。
  ただ当面の敵はこの2人ではない。自動小銃を手にした手下がいる。数は少ない。たった3人だ。
  あれ?
  その内の1人は……。
  「レダップだっけ?」
  「奴隷女、久し振りだなっ!」
  ダウンタウンで私を殴った男、その後アップタウンで私と決闘し、結果としてレダップは敗北。奴隷の身分に落とされた。それが今、銃を手にここにいる。
  ふぅん。
  どういう経緯かは知らないけど奴隷商人側に転んだらしい。
  他の2人もどこかで見た気がする。
  「あんたらは誰?」
  「トラブルマンだ」
  「ビンゴ? ビンゴ、ビンゴっ!」
  ……。
  ……すいません濃いキャラが私の前に立ち塞がってるんですけど。
  うー、関らんと駄目なのかー。
  嫌だなぁ。
  ただ、どこかで見た事があるのは確かだ。以前スチールヤードで見たんだっけ?
  まあいいか。
  どっちにしても敵なのは変わらない。
  クローバーは叫んだ。
  「あたしらに忠誠を示したいならこの赤毛を殺すのよっ!」
  『おうっ!』
  なるほど。
  完全に奴隷商人側に転んだらしい。ただ、もしかしたら最初から内通していた可能性も無視出来ないわよね。偽ワーナーの行動は全てこいつらの内通の
  結果であるとしたら全てが納得できる。緻密な計画を組んで奴隷商人達は画策していた。私も連中の駒でしかなかった。
  私を利用する事でアッシャー側を掻き乱したかったのだろうけどお生憎。
  私は自分勝手な女です。

  どくん。
  どくん。
  どくん。

  自分の心臓の鼓動が聞こえる。
  時間はスローになり銃弾すら見えるような気がしてくる。……いや。実際に見極められる。この能力がなんなのかは分からない。
  分からないけど、1つだけ分かっている事がある。
  この能力が発動した以上、こいつらは死ぬ。
  44マグナムを右手で構え引き金を引く。

  ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。

  六連発っ!
  瞬間、時間は動く。それと同時に裏切り者3人は後ろに弾け飛んだ。他者にしてみたら私が倍速に動いたように見えるだろう。
  もちろん万能ではない。
  結構疲れます。
  ともかく。
  ともかく時間が動いた途端に弾丸は元のスピードを取り戻しアッシャーを見限った裏切り者3人の命を奪う。
  レダップとの因縁?
  雑魚に構う時間はないわーっ!
  知った事か。
  右手の44マグナムの弾装は空、左手でインフィルトレイターを構えて愛人2人に向けて掃射する。
  「おおっと。危ない危ない」
  「ちっ」
  クローバーとクリムゾン、機敏で変則的な動きで弾丸を回避。左手で撃ってるわけだからどうしても命中率は下がる。右手に持ち直せばクローバー達を
  一掃出来たんだろうけど持ち直す時間が惜しかった。2人は素早い動きで回避、その後にこっちに突っ込んでくる。
  両者、手には剣のみ。
  接近戦を挑むつもりっ!
  カチ。
  「くそっ!」
  トリガーを引いても弾丸が掃射されなくなる。
  弾詰まり?
  いや単純に弾丸がなくなったのだろう。弾装を取り出し交換する。しかし構える前にクローバー&クリムゾンが私に肉薄した。
  ジャンダース・プランケットの時とは状況が別だ。何故なら2人は剣を手にしている。
  奴の攻撃手段は打撃、それに対して愛人どもの攻撃手段は斬撃。
  殺傷度では後者が遥かに上だ。
  「ここでお終いよ、赤毛っ!」
  「死ねっ!」
  刃を2人は振るう。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  上段から来る2つの斬撃をインフィルトレイターで受け止める。しかし力が足りない。私は左手にあるインフィルトレイターで、片手で2人の攻撃を受け止め
  たに過ぎない。2人分の力を押し返すだけの力はない。右手にある44マグナムをクリムゾンの頭に突きつけた。
  一瞬、クリムゾンの顔が強張る。
  弾丸?
  入ってない。
  クローバーなら分かる気がするけどクリムゾンには分からなかったようだ。だからこそクリムゾンを選んだわけだ。
  戦闘とは柔軟性。
  相手を出し抜く事が勝利に影響する事だってある。
  今がその時だ。
  カチ。
  44マグナムのトリガーを引く。当然弾は出ない。クリムゾンに浮かんだ安堵に対して私は冷笑。安堵すれば隙が出る。強張った瞬間、安堵した瞬間、その
  どちらも隙が生じる。私は隙だらけのクリムゾンの脇腹に蹴りを入れる。
  「つぅっ!」
  「ちょっとっ!」
  クリムゾン、よろける。その際にクローバーを巻き込んだ。2人の刃は停止する。
  私は跳び下がりつつインフィルトレイターを構える。
  そして……。

  「
そこまでだ赤毛の冒険者ミスティっ!
  
  「……っ!」
  耳をつんざくほどの声が響いた。
  地声?
  まさかね。こんな地声があるわけがない。拡声器を使っている奴がいる。声は男だ。2人の剣使いは素早く後退する。
  私は撃たなかった。
  いや。正確には撃てなかった。
  響き渡ったのは声だけではない。この場に爆音が響き渡る。しかしそれば爆発物の類ではなくローターの風を切る音。
  甲高い爆音をさせたジェットヘリだ。
  それが頭上に現れた。
  こんな代物がまだ飛んでるとはね。
  見た感じでは攻撃仕様ではない。少なくとも武装は施されていなかった。何気に『アリゾナ航空』と刻印されてたりするところを見ると元々は観光用の
  ヘリだったのかな。それを奴隷商人達が改修と補修をしたのだろう。もしくは改造も施されているのかもしれない。
  ジェットヘリはクローバーとクリムゾンの真上で滞空、タラップが下に降ろされる。それに掴まり2人は登った。
  インフィルトレイターの引き金を引く。
  静かな音を立てて一斉掃射。
  「ちっ」
  全て弾かれる。
  完全なる防弾仕様か。攻撃能力は施されてないようだけど防御能力は万全ってわけだ。
  2人は上りきる。
  その間に私は弾装を再び交換、さらに44マグナムの装填も完了させる。
  再びヘリの拡声器から声が響いた。
  今度はボリュームが落ちている。
  調整したらしい。

  「ボリュームが大きかったな。この程度か? ……俺の名はユーロジー・ジューンズ、貴様に殺されたカイルの親父だっ! 息子の仇め、覚悟しろっ!」

  パラダイス・フォールズのボスかっ!
  こいつは驚いた。
  奴隷商人の元締め自らが出向いて来たってわけだ。ヘリに登場しているのは4人。パイロット、その隣に座ってるユーロジー・ジョーンズ、後部には
  クローバーとクリムゾン。これってつまりヘリを叩き落せば組織は事実上の壊滅ってわけだ。
  実にやり易くしてくれたものだ。

  「ラムジーはお前を欺く為の捨て駒だった。この街に送り込み我々の支配の足固めにお前を利用する……はずだった。支配が失敗するにしてもアッシャー
  の餓鬼を人質として確保するつもりだった。全ては失敗した。しかし、しかしお前だけは殺すっ!」

  ふん。
  やれるもんならやってみろ。
  ジェットヘリはホバリングしながら私に対して宣戦布告している。やってやるさっ!
  銃を構える。
  だけど攻撃力が不足している。決定打に欠ける。
  ……。
  ……考えてみれば私のグレネードランチャー装備のアサルトライフル、取り戻してないなぁ。
  ジェリコが知ってるかな?
  あいつは下で気絶してるだろうから後で聞き出すとしよう。
  うー、だけどあれがあったらジェットヘリを叩き落とすのに充分な火力だったのに。それが今、手元にはない。やばいなぁ。

  「殺せ、あの女をっ!」

  ユーロジーの声が響き渡る。
  ジェットヘリの後部側面のスライディングドアは開いたまま。私から見て右側にクローバーが身を乗り出し、左側にはクリムゾン。
  2人の手には自動小銃がある。
  ガリル自動小銃か。
  なかなかのチョイスですね。
  その銃が音を立てて私に放たれる。無数の銃弾が高速で私に吐きだされた。
  「くそっ!」
  弾丸は見える。
  弾丸は見えるけど……これだけ多いと避けるのは疲れる。毎回毎回マトリックス避けするのも面倒なものです。
  まあ、見えるのが幸いだから当たらない場所にダッシュで逃げる。
  44マグナムを右手で撃つ。
  防弾といったって限度があるだろ。
  ジェットヘリ、急上昇。弾丸は当たらない。ジェットヘリは私の頭上を急旋回しつつ弾丸を降らせてくる。
  反撃手段?
  ないです。
  あれだけ高い位置にいると反撃するのも億劫だ。
  銃じゃ駄目だ。
  ヌカランチャーが欲しい。もちろんミサイルランチャーでもいい。グレネードでもいい。爆発系の武器が欲しい。
  なんとかしてよドラえもーんっ!

  「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」

  ガリル自動小銃が絶え間なく私に降り注ぐ。
  ヘリ自体には攻撃手段付いてないから甘く見てた。はっきり言って面倒だ。私は成す術もなく走る……いやいや、これは既に逃げか。
  逃げる。
  逃げる。
  逃げる。
  相手は調子に乗ったのかジェットヘリは降下、私を追尾してくる。銃弾が逃げる私を追う。
  「掛かったな」
  戦略の極意は相手の油断を誘う事。
  私は突然逆走。
  ジェットヘリは私の真上を通り過ぎる。パイロットにしてみれば突然私がロストしたようなものだ。もちろん攻撃担当のクローバーとクリムゾンには通じ
  ないけどヘリは無防備に滞空する。その間に攻撃能力を無効化してやるっ!
  銃をクローバーに向ける。
  そして……。
  「ボス。俺にお任せをっ!」
  「アカハナっ!」
  赤い光が閃く。
  レーザーピストルの閃光。アカハナのその一撃は後部側面の開いているスライディングドアを通り抜けて、クローバーの体すれすれ、掠りもせずに直進。
  そして頭を撃ち抜いた。
  誰の?
  パイロットの。
  「うわぁ」
  私は思わず感嘆の声を洩らした。無意識にその声が洩れた。
  射撃能力は際立っていた。
  もしかしてアカハナって強いんじゃないの?
  「ボス?」
  「ああ。何でもないわ。……それにしても副官のクセにでしゃばってくれたわね」
  「す、すいません」
  「冗談よ。それにしても凄い腕ね。びっくりしたわ」
  「ありがとうございます」

  「くそぅっ!」

  ジェットヘリから拡声器を通して声が響く。
  パイロットは死んだ。
  あとは墜落して爆発、全員死亡という流れだろう。実際にジェットヘリは失速、制御を失って落下、そして天高く上昇した。
  ……。
  ……はっ?
  天高く上昇した?
  完全に制御を取り戻している。
  何故に?

  「これで勝ったと思うなよ、赤毛の女っ!」

  ユーロジー・ジョーンズの声が響き渡る。
  少し高度を下げる。
  操縦席には奴隷商人の元締めが座っていた。あいつ操縦出来たのか。
  銃弾が再び降り注ぐ。
  私はその場を退避、アカハナには弾丸見えないので蹴飛ばした。……いや。立ってる場所が危なかったからで八つ当たりではないです。あしからず。
  だけどこの時、私の部下9名も屋上に姿を現した。
  シーもいる。
  スマイリーもだ。
  総力戦っ!
  手数としてはこちらの方が多い。アカハナもレーザーピストルで応射、私もインフィルトレイターを掃射。
  どんなに防弾でも限度ってものがある。
  ジェットヘリはこちらの総攻撃の直前に急上昇、さらに急旋回を繰り返して攻撃を回避するのに専念しているものの全部を回避しているわけではない。
  少し。
  少しではあるものの機体から煙が噴出しつつある。
  その直後。

  
ボンっ!

  小爆発。
  これ以上の戦闘は不利と悟ったのか。ジェットヘリは猛スピードで撤退を始める。
  丁度私の真上を通る軌道だ。
  スライディングドアからクローバーが身を乗り出す。ガリル自動小銃を私に連射、私は狙いを付けて44マグナムを放つ。
  あの女の頭を狙った。
  だけど狙いは逸れてあいつの武器を吹っ飛ばしたに過ぎない。
  ちっ。外したか。
  その瞬間、私はその場に崩れた。
  左肩に剣が刺さっている。ガリル自動小銃を弾かれた瞬間にクローバーは剣を抜き、私に投げたのだ。剣はコンバットアーマーを貫通したわけではなく、肩
  の部分の接合部分、隙間と隙間の間を通り抜けて私の肩に刺さった。神業か、あいつ。
  狙ってやったのだとすると大したもんだ。
  ジェットヘリは猛スピードで彼方に飛んで行く。
  捨て台詞すらなく逃げた。
  逃げ足の速い。
  追撃する方法を私達は有していない。私は逃げるヘリを見送るしかなかった。
  「くそっ!」
  剣を引き抜く。
  傷は浅い。
  だけど腹立たしい。デリンジャーといいクローバーといい私を追い詰めるだけの力がある奴は気に食わない。だってバトルが疲れるもん。
  「大丈夫?」
  「シー。大した事ないわ」
  「よかったぁ」
  友達だ。
  彼女は愛しそうに手を伸ばして私の手……にあった剣を奪い取って頬擦りする。
  はい?
  「これ高く売れそうだもん。あたしのものー☆」
  「……」
  友達じゃなかったです(泣)。
  おおぅ。
  「まあ、無事で何よりだぜ、ミスティ。ただし約束通り飯を作ってくれよ? はははっ!」
  「約束だもんね、任せといてスマイリー」
  「肉系にしてくれよ」
  「煮る? 焼く?」
  「両方だ」
  「おっけぇ」
  ジェットヘリは逃げたけどこれは勝利だ。
  ユーロジー達は戻ってくる事はないだろう。下の方でも喧騒が途絶えた。そもそもアカハナ達がここまで突破して来れたという事は奴隷商人の部隊は
  壊滅したという意味合いだろう。今回以前にもパラダイス・フォールズの連中の戦力を私は結構潰している。
  かなり追い詰めてるはず。
  いずれにしても。
  いずれにしても、しばらくは動く事は出来ないだろう。
  ようやく楽が出来る。
  さて。
  「アカハナ」
  「はい」
  「下にいるのを合わせるとアッシャーの軍団、ほぼ全て出張って来てない? 私を拘束するには多いと思うけど?」
  「アッシャー様は捕虜ジェリコの独断の連れ出しに関して不問にしました。それだけではなくボスの策を理解して全軍を投入しました」
  「ふぅん」
  結構賢明な奴じゃん、アッシャー。
  大物かも。
  「ボス、これで革命は阻止出来ましたね」
  そうね。
  私はそう言おうとした。
  その時、どこかで爆発音がした。小さな爆発音だ。しかしそれは近くでの音ではない。どこか遠くからだ。それはつまりどこか遠くでの大きな爆発音と
  想定するべきだろう。だからこそここまで音が響いたのだ。音の出所を探すべく私は周囲を見る。
  あっ。
  それはアップタウンの方向からだった。
  何本も黒煙が上がっている。
  「くそっ!」
  あっちに行ったかっ!
  ジェットヘリは彼方に逃げたけど、どうやら別働部隊がいたらしい。
  アップタウンの兵力は無に等しい。
  何故ならスチールヤードの決戦に投入したからだ。残されているのはおそらくアッシャーの親衛隊程度の規模だろう。防御は丸裸な状態だ。
  本命で拠点を叩くってわけだ。
  実にまずい。
  「すぐに引き返すわよ、今すぐにっ!」
  「了解しましたっ!」
  シーは不平を言ったもののそんなものを聞いている場合ではない。
  私達は取って返す。
  アップタウンに。